草むらに座ってオシャベリ
稲刈りが終った処もこれからの所も・・・
日差しもいくらか柔らかくなったのでブラブラと別荘地内を散歩
した。 少し下りていくと、思いがけず牛の兄さんが草刈をして
居る所にでくわした。
草むらに座り込んでイロイロと世間話しを楽しんだ。
セイタカアワダチソウはどこにでも勢い良く咲いているもんだ
つわぶき はそこらじゅうにはびこって迷惑なほど
手入れをしていない林は一昨年の火事の時は良く燃えた。
危うく 我が家も焼けるところを里人たちのバケツリレーで類焼
を免れた。 ヘリコプターは山向こうのダムから何回も水を汲ん
できて空中散布。 ニュースにまでなったっけ ・・・フゥ~
喋りながら牛の兄さんは木の枝でステッキを二本作り
きれいに皮を剥いて丁度いい具合に作ってくれた。
「乾くと軽くなって使いやすいヨ 」とニコニコして渡してくれた。
近所のО兄さんは病が重くなって入院してしまったので話し相手
がなくなって淋しい と牛の兄さん。
カァさんが腰が曲がってしまって田植えも辛くなり、もう米はやめ
ようよ と言うので今年は田植えもしなかった・・・
美しい棚田も牛の兄さんが米つくりをやめてしまったら終りだね。
牛を数頭 飼育しているので、私たちは牛の兄さんと呼んでいる
けれど、そういえば兄さんも歳とったナァ
・・・ 牛の兄さんが作ってくれたステッキをつきながらトボトボと
山小屋に帰ってきた。 だんだん変わっていって寂しいなぁ~
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コメント
田畑の畔や土手、小道での世間話をみることはまれになりました。
少しの距離でも歩かずに軽トラでの移動が常識となった農業地帯の今、なかなか止まってまで話すことは無いですからね。
投稿: 玉井人ひろた | 2012年10月17日 (水) 22時19分
>玉井人ひろたさま
最近は地域の繋がりも希薄になってきてるんですね。
私の行く里山は標高300メートルちょっと 何故
こんな処に住み付いたのか不思議に思うくらい。
飛び飛びに家が数軒 斜面を耕して畑にし、
一部小さな水田を作っていたり。。。道は車が一台
ようやく、草刈は砂山がすぐ崩れるように、いつも
刈っていないと雑草に埋もれてしまう。死ぬまで
草刈から逃れられないような場所です。
毎日草取りと畑の世話で若い者たちは車で町に仕事へ行って、まだ同居してるだけでも感心ですが、親が居なくなったらすぐ山の家は放棄するでしょう・・・
あっというまに家は草に埋もれて朽ちてしまいそうです。
農家でも平地でない場所での生活はとても大変
なことがわかります。いろんなことを住人の先輩に
教わり、素朴な気持ちにも感動することもあります。
投稿: 一人しずか | 2012年10月18日 (木) 13時36分