牛のにいさんは90歳になりました
今年は、気持ちや時間にゆとりが無くて、お山の桜を見ることが
できませんでした。
自分の気持ちを切り替えるためにもいいのでは?とも思って、
本当に久方ぶりで、お山に登って行きました。
森の入り口で、軽トラを止めて、伐採した松の木の丸太を
積んでいるお爺ちゃんがいます。
よく見たら、久しぶりの、牛のにいさん でした。
にいさんは、初め私が誰だか分かりませんでした。
ホラ あの青年の向かいの家のワタシですよ。
あれ? 青年のお母さんだっけ? と会話が噛みあいません。
そのうち、にいさんが段々思い出してくれました。
血色は良く、敏捷そうで、依然となんにも変わった所は
ないようですが、話を聞くと、今年90歳になったそうです。
いろいろ話していて、お母さんが(奥様が)、この3月に亡くなった
ということを聞きました。
まだ日にちも浅いのに、にいさんは健気に、こんな作業に
精出していたのです。 きっと作業をすることで淋しさや悲しみ
を紛らしていたのでしょうね。
俺が先に逝くとおもっていたのに、おっかさんが先に逝って
しまって困ったな と思ったよ。
と、にいさんは笑顔で言いました。
90歳にもなって伴侶に先立たれるなんて想像しただけでも
涙がでます。
きっと、にいさんの心は涙と落胆と淋しさが溢れそうでしょうね。
この次登って来るときは、せめてお母さんへの御仏前を
用意してこよう と思いました。
久しぶりの山荘はそろそろ雑草だらけに。
チゴユリが群生していたのは嬉しかったです。
思いがけなく、大昔 実家に咲いていた母から株分け
してもらったイチハツが一本だけ咲いていました。
とっくに消えてしまったとおもっていたのに、いきなり
亡くなった母に会えたような気がしてジンとしました。
山荘の雨戸をあけ放ち、風をとおしました。
ボイラーや水回りの防寒も片づけて掃除機をかけました。
私の嫌いな大きな蜘蛛の死骸や、夥しいカメムシがコロコロ
いっぱい転がっています。
生きた蜘蛛が素早く逃げていったり、カーテンからバサッと
落ちてきたり、これが一番苦手なんですが。
お昼は、チョビチャンを抱っこして、この二か月あまりの私の
出来事を青年に洗いざらいぶちまけっちゃって、心許して
涙を見せてしまいました。
不思議なことに、青年は黙って聞いてくれるのでプライベート
のことでも、つい話してしまうのです。
私はおかげで気持が楽になって、反対に青年はウンザリかな
などと思いますが、「ボクも人に言わないことを聞いてもらったり
してるので」 と ニコニコしているのです。
泣いている癖にオニギリを一個食べてスッキリしました。
草取りをしている時、 そういえば、あまり良い天気なので
もう使用することも無い? 連れ合いの寝具を干してきた
のを思い出しました。
日が沈むまでに急いで帰らなきゃと、 早々にお山をおり、
顔なじみになったガソリンスタンドで注油し、一時間かけて
帰宅しました。
連れ合いの布団類はホカホカ あぁ この布団に休ませて
あげたいなあ と思いましたが、涙はでませんでした。
青年と話し、お山の空気を吸って、少し強くなったような
気がしてきました。
いつまでもメソメソしてはいられませんからね。
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