怒り悲しみ憎しみ、訳の分からない感情が改めて沸きあがる日
広島 長崎を思って・・
6日、本日9日と、黙祷しながら、何とも言えない
感情が沸き上がって、やりきれない気分を味わう私
です。
広島に続いて長崎まで・・どんなことがあっても
許せない。 人間として、言い訳できない罪深い蛮行。
77年経っても、いえ、この先未来永劫に、消えるこ
とのない事実として、かの国の人たちは自責の念で苦し
むのだろうか?
・・・どうも、そうでもない意識の国民が多く存在
するという事実もあるようで、、行き場のない虚しい
気持ちにもなってくる。
結局、わが身が実際に、それと同じ体験をした時に
相手の、苦しみや、悲惨さが実感できるのかも。
人間は、悲しい生き物なんですね。
人間に品格が問われるように、国にも同じこと
がいえるようです。最近とくに感じます。
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コメント
日米ともに「原爆が終戦の手段となった」という、当時のアメリ軍とアメリカ政府によってプロパガンダによって、日本への原爆投下は正当化されています。
特にアメリカ国内では顕著ですね。
ですから、アメリカ人が広島や長崎の記念館を訪れ、当時の写真を見ると考え方が一変するそうです。
どんな戦争でも、敗れたほうは記憶が消えず、戦勝側は忘れたり、良いように解釈するのが歴史の常のようです
投稿: 玉ヰひろた | 2022年8月11日 (木) 17時58分
>玉ヰひろたさま
国の品格といっても、その国を動かすのは、国民の代表の人間なので、国民や国の利益を優先させねばならず、品格などに拘っていられない。難しい処ですネ
最後のトドメヲを実験兼ねてされたのに、その国を理屈抜きで執拗に、何処かの国みたいに責めないのは日本人の人間性?なんでしょうか・・途中、一分間の黙祷をしました。
投稿: 一人しずか | 2022年8月15日 (月) 12時05分